こんにちは。「あなたの知らない都市伝説の世界」管理人/都市伝説探究家のひかるです。
あなたは山梨県にある初鹿野諏訪神社の呪いの木と呼ばれる御神木をご存知でしょうか。インターネットで山梨の諏訪神社や呪いの木について検索すると、背筋が凍るような祟りの噂や、触れることを禁じられた木の話題がたくさん出てきますね。単なる都市伝説として片付けるにはあまりにも具体的すぎる事故の記録や、現地に残る異様な光景に、本当は何があったのかと不安や好奇心を抱いている方も多いのではないかと思います。この記事では、現地で語り継がれる伝承や実際に起きたとされる不吉な出来事の数々を整理し、なぜこの場所がこれほどまでに恐れられているのか、その背景にある歴史と真実に迫っていきたいと思います。
この記事でわかること
- 初鹿野諏訪神社に伝わる「呪いの木」の起源とヤマトタケル伝説
- 過去に発生した鉄道事故やバス事故と「祟り」の因果関係
- 現在も厳重に管理されている御神木の異様な姿とその理由
- 現地を訪れる際に絶対に守るべきマナーとタブー
山梨にある諏訪神社の呪いの木に関する歴史と伝承

山梨県の山間部にひっそりと佇む初鹿野諏訪神社には、古くから地域住民に恐れられ、敬われてきた一本の御神木が存在します。ここでは、その場所の詳細や、なぜその木が「呪いの木」と呼ばれるようになったのか、その起源となる伝説と戦慄の歴史について紐解いていきます。
初鹿野諏訪神社の場所とアクセス情報
まず、この伝説の舞台となる初鹿野諏訪神社(はじかのすわじんじゃ)について解説します。山梨県内には多くの諏訪神社が存在しますが、今回取り上げるのは甲州市大和町(旧大和村)に鎮座する神社です。
場所は、JR中央本線の「甲斐大和駅」から徒歩でわずか3分から5分ほどという、非常にアクセスの良い立地にあります。国道20号線から駅へ向かう坂道の途中に位置しており、道の駅甲斐大和からも車であれば数分で到着できる距離です。
一見すると静かな集落の鎮守様といった雰囲気ですが、境内のすぐ裏手を中央本線の線路が走っており、電車の通過音が響く場所でもあります。この「線路と神社の近さ」こそが、後述する悲劇的な「祟り」の歴史を生む地理的な要因となっているのです。
ヤマトタケル伝説が残る御神木の由来
問題の御神木には、古代の英雄にまつわる壮大な伝説が残されています。伝承によれば、この木は日本神話の英雄、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東国遠征の帰路にこの地で休息をとった際、地面に突き立てた杖がそのまま根付き、巨木へと成長したものだと言われています。
この伝説は、単に木が古いというだけでなく、この木が神聖不可侵な存在であるという強烈な権威を裏付けています。ヤマトタケルという強力な神格と結びついているからこそ、この木に対する不敬は許されず、その反動としての「祟り」も強大なものになると信じられてきたのでしょう。
樹齢は二千数百年とも伝えられていますが、幹は過去に何度か枯れており、その都度根元から新たな芽(ひこばえ)が生えて現在の姿になったとされています。まさに、神代からの生命力を現代に伝える生きた伝説と言えるでしょう。
朴の木の特徴と恐れられる理由
この御神木の種類は、朴の木(ホオノキ)です。ホオノキと言えば、大きな葉が良い香りを放ち、朴葉味噌や朴葉寿司など、古くから日本人の食文化と密接に関わってきた親しみ深い樹木です。
しかし、初鹿野諏訪神社のホオノキに関しては、その親しみやすさは皆無です。地元では古くから、この木について次のように語り継がれています。
恐れられる理由
- 木に触れると腹痛を起こしたり、病気になったりする
- 落ちている葉を拾って持ち帰るだけでも災いが降りかかる
- 木を傷つけたり切ったりした者には、死を含む凄惨な報復がある
通常、神社の御神木といえば「パワーをもらえる」「触れてご利益を得る」といったポジティブなイメージがありますが、この木に関しては「絶対に触れてはいけないタブーの対象」として、畏怖の念のみが強調されている点が非常に特徴的です。
祟りにより多くの人が犠牲になった事件
「呪いの木」という呼び名が決して大げさではないことを示す、恐ろしい事件の記録があります。特に有名なのが、明治38年(1905年)に発生したとされる「川久保集落壊滅事件」です。
当時、近くの川久保集落の人々が、端午の節句の柏餅を作るために、あろうことかこの御神木の葉を使ってしまったといいます。いつも使っていた別の木ではなく、神聖なこのホオノキの葉を拝借してしまったのです。
その結果は凄惨なものでした。柏餅を食べた住民たちが次々と謎の急病に倒れて亡くなり、さらに直後に発生した大水害によって家々が流出。12戸あった集落は壊滅状態となり、生き残ったわずかな人々も土地を離れざるを得なくなったと伝えられています。
当時は伝染病の流行なども疑われたようですが、タイミングがあまりにも符合していたため、住民たちはこれを「神木の祟り」として深く心に刻むことになったのです。
枝に触れると危険とされる具体的な事例
近代に入ってからも、この木への干渉が原因とされる事故は後を絶ちません。特に衝撃的なのが、昭和28年(1953年)の国鉄(現JR)による枝打ち作業にまつわる事故です。
当時、成長したホオノキの枝が中央本線の架線に触れる危険が出てきたため、鉄道の安全を守るために枝払いが行われました。神職を呼んでお祓いをした上での作業でしたが、それでも「神意」は許さなかったようです。
作業に関わった6名の作業員たちの末路は、以下のように語られています。
- 作業員M氏は、作業直後に謎の行動をとり列車事故死。
- 作業員F氏は、数年後に甲府駅構内で列車にはねられ死亡。
- お祓いをした神官S氏は、後に池で溺死体となって発見される。
最終的に、関係した6名のうち5名が事故や病気で亡くなり、残る1名も重傷を負ったとされています。これは単なる噂レベルを超え、具体的な死者数や経緯が語られる「実話怪談」として、鉄道関係者の間で語り継がれることとなりました。
現代に残る山梨の諏訪神社の呪いの木の影響と現状

過去の凄惨な歴史を経て、現代においてこの「呪いの木」はどのように扱われているのでしょうか。ここでは、現在の神社の様子や、今なお続く影響、そして私たちが訪れる際の心構えについて解説します。
呪いを恐れて設置された鉄骨の防護柵
現在、初鹿野諏訪神社を訪れると、異様な光景を目にすることになります。それは、御神木であるホオノキが、巨大な鉄骨の檻のようなもので厳重に囲われている姿です。
これは、JR中央本線が設置した防護策です。本来であれば、線路の安全を脅かす樹木は伐採されるのが一般的です。しかし、過去の度重なる事故を受け、JR側も「この木を切ることはできない」と判断したのでしょう。伐採する代わりに、落ちた枝や葉が線路に入らないよう、物理的に隔離するという、コストのかかる特殊な措置が取られています。
本殿も同様に鉄骨の屋根で守られており、その物々しい姿は、現代の科学や工学をもってしても無視できない「何か」がそこにあることを、無言のうちに物語っています。
霊的な噂や心霊スポットとしての側面
こうした歴史的背景から、初鹿野諏訪神社は現在、山梨県内でも有数の心霊スポットとして知られるようになりました。「夜に行くと視線を感じる」「境内の空気が重い」といった霊的な噂が絶えません。
また、実はホオノキだけでなく、境内にある「大杉の切り株」こそが真の祟りの元凶だという説もあります。かつて甲州街道の目印だった三本杉の一つが、鉄道開通時の煤煙や振動で枯れてしまい、その怒りがホオノキを通じて発現しているという解釈です。
どちらが真実であれ、この場所が強い念やエネルギーの渦巻く特異点であることは間違いなさそうです。
過去の事故を報じた記事や記録の信憑性
「祟り」というと非科学的に聞こえますが、この場所に関しては、教育委員会が設置した案内板にさえ「神木を疎かにすると不祥の事件が起きる」と明記されています。公的な機関がこのような表現を使うのは極めて異例です。
また、昭和43年(1968年)に起きた大和中学校の修学旅行バス事故も、この木との関連が囁かれています。線路拡張のために木の撤去計画が持ち上がった直後、神社の斜め向かいにある中学校の生徒たちを乗せたバスが、無免許運転のトラックと正面衝突し、6名もの尊い命が失われました。
事故自体は悲劇的な交通事故ですが、「撤去計画の直後」というタイミングと、「6名死亡」という数字が昭和28年の事故と重なることから、地元の人々の脳裏に「祟り」の二文字を強く焼き付ける結果となりました。
よくある質問と参拝時のマナーQ&A
ここで、初鹿野諏訪神社を訪れようと考えている方からよくある疑問について、都市伝説探究家の視点でQ&A形式にまとめてみました。
御神木に触っても大丈夫ですか?
絶対にやめてください。 地元の伝承では、触れるどころか落ち葉を拾うことさえ禁忌とされています。興味本位での接触は、自分だけでなく周囲にも迷惑をかける可能性があります。
御朱印はもらえますか?
基本的にはもらえないと考えてください。 この神社は無人の場合が多く、常駐の神職がいらっしゃらないため、御朱印の対応はしていない可能性が高いです。
写真撮影はしても平気ですか?
撮影自体は禁止されていませんが、節度を守りましょう。 心霊スポットとして面白半分に騒いだり、フラッシュを焚いて神域を荒らすような行為は慎むべきです。撮影前には一礼し、心の中で断りを入れるのがマナーです。
山梨の諏訪神社の呪いの木を訪れる際の注意点
最後に、この場所を訪れる際の最も重要な注意点をお伝えします。
初鹿野諏訪神社は、単なる観光地やアトラクションではありません。地域の人々が長年にわたり守り続けてきた信仰の場であり、過去の悲劇的な記憶を刻んだ慰霊の場でもあります。
「呪いの木」というキーワードに惹かれて訪れる場合でも、決して遊び半分で御神木を刺激したり、大声で騒いだりしないでください。鉄骨で囲われたその姿を見て、自然への畏敬の念を感じ取り、静かに手を合わせる。それこそが、都市伝説を探究する私たちが持つべき正しい態度だと私は思います。
信じるか信じないかはあなた次第ですが、歴史が示す「事実」の重みだけは、決して軽んじてはいけないものではないでしょうか。